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オーケストラ蝸牛考――ロンバールの幻想

Posted by ジュスマルダホス on 22.2012 極私的マエストロ   0 comments   0 trackback
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ベルリオーズ:幻想交響曲、序曲「ベンヴェヌート・チェッリーニ」、序曲「ローマの謝肉祭」
アラン・ロンバール指揮ストラスブールpo.

Erato R25E-1028


私の育った西の辺境では、「もみ上げ」のことを「鬢」といっていた。多くの人がそれは古語と認識するはずの「鬢」。しかし私の故郷では一般語として通用する。多分今でも。理髪店でもみ上げなしを「ノービン」という。間違いなく「No 鬢」であろう。2012年の今ではオードリー春日のみに残るテクノカットが流行った20年前、理髪店に行くと「ノービンにしますか?」と必ず聞かれていたものである。地元の人は接続詞「けん」や逆説の「ばってん」、形容詞の語尾「~か」、目的の助動詞「ば」、そして主語の「の」はどうやら方言らしいと知っているが、「鬢」が方言であるとは思っていない。

方言というものは、都の流行り言葉が伝播して辺境の土地に残ったものが多い、というのが定説になっている。先ほど挙げた目的の助動詞「ば」は「をば」であるし、主語の「の」はそのまま「の」として高校時代に古文で習った。今のわれわれには理解不可能と思われる琉球語でさえ、日本の古語のちょっとした変形で割と説明できるらしい。

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ある日、古本市の片隅に埃をかぶった中古CDの山を見つけた。遠目からみても黄色、赤白青のトリコロール、あるいは赤地に白文字、白地に黒文字に青ライン、いつも見るメジャーレーベルばかりであった。

ふとそこにみどりのスタンプのついた背表紙を見つけた。エラートだな。マルティノンが来るか、コープマンが来るか、あるいはパイヤールか・・・

ベルリオーズ/幻想交響曲、アラン・ロンバール指揮ストラスブールpo.。

アラン・ロンバールと手兵ストラスブールpo.がイケイケの時代、35年位前に録音した幻想をやっと手に入れた。私が中高生の時には「レコード店」の廉価版コーナーで必ずといっていいほど見かけていたから、全く興味がなかったのだが、今ではロンバール/ストラスブールpo.のCDはどれも相当なレア物である。同じ路線にフレモーなんかもいますな。

私がロンバールに今頃興味を持ち、幻想を買ったのはレア物が安く落ちていたからではない。正直に言うと、それもある。しかし、なぜロンバールとストラスブールpo.が70-80年代にもてはやされていたのかが知りたかったのである。つまりは、芸風がまったく想像つかなかったから、どんなもんか今頃知りたくなったというのが本当のところである。

早速聞いてみる。とにかく勢いがすごい。アンサンブルはフランスのオケにしてはこれでもかなりマシなほうだが、どうも音程にラフなところがある。ソロも、潤いという点ではちょっと劣るが、存在感があり、なかなか聞かせてくれる。それにしても、こんなに一直線に、豪快に鳴らしているとは想像だにつかなかった。特に打楽器がすばらしく、打ち込みは小気味よいし、何よりここぞというときの迫力が凄い。

そうか、これか。彼らがもてはやされていたのは。

50-60年代のパリ音楽院、シャンゼリゼ劇場o.、パリ・オペラ座o.、ORTFso.、そしてラムルー、コロンヌ。彼らの録音はとにかくはっちゃけていた。指揮者もオケも、そして録音も。ステレオ録音の初期は彼らのいやに元気な録音でいっぱいである。アンサンブルが崩れようが、どこかのパートが落ちようが、ポンコツのまま構わず楽しそうに進む。録音の妙と分析的な解釈がウリと言われていたアンセルメ/スイス・ロマンドo.も、今聞いてみると、彼らほどはっちゃけていないが同じポンコツさを感じる。

しかし、ステレオ録音が落ち着くとともに彼らの録音も影を潜めはじめる。そうして60年代後半、パリ音楽院o.の終焉とともに新録音は完全にストップする。90年代に佐渡裕がラムルーを牽引するまで、彼らの元気さどころか名前すら聞かなくなってしまうのだ。

その一方、70年代に地方に新設されたオケが一躍脚光を浴びる。J-C.カサドシュ率いる北のリール、プラッソン率いる南のトゥールーズ、そしてロンバール率いる東のストラスブール。それぞれ独自のカラーを出しながらも、何かしら猥雑なエネルギーを放出していた。そう、彼らのオーラが、70年代には地方に移ったのである。懐かしいエネルギーが地方で息づいていたのである。しかも前時代に比べて、ほんのちょっとだけ上のクオリティをもって。

70年代のフランス音楽界は、マルローとランドフスキのかいあって、「地方の時代」といわれたが、その柱には、なんだかんだで、良くも悪くも、紛れもない都の息吹があった。しかも当の都では忘れ去られた息吹が。オーケストラ文化もまたカタツムリ的に伝播しているかのように。

最近、マルク・アルブレヒト指揮のストラスブールpo.がR.シュトラウスやベルク、フランス近代物などの録音を出している。ロンバール時代の勢いはそのまま、クオリティはかなり上がっているようである。相当上手いぞ。もうパリだの地方だのいう時代でないんだろうな、と実感した。

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西の辺境に帰省してバスに乗った。通学途中の中高生たちが標準語に近い言葉をしゃべっていて軽くカルチャーショックをうけた。彼らに「鬢」は通じるのだろうか。
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