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多国籍的軍コンチェルト――ドゥヴォワイヨン(ドヴァイヨン)のシューマン、グリーグ

Posted by ジュスマルダホス on 23.2010 極私的名盤   0 comments   0 trackback
devoyon_schumann_grieg.jpg


シューマン、グリーグ : ピアノ協奏曲イ短調
パスカル・ドゥヴォワイヨン [ドヴァイヨン] (p.) イェジー・マクシミウク指揮ロンドンpo.

EMI Classics for pleasure :5099922836823


グリーグとシューマン、という定番のコンチェルトを1枚しかもっていない。極私的マイナー街道まっしぐらのアンタやったらあたりまえやないかとかいうご批判はもっともだが、興味がないわけではなく、むしろいいのがあれば何枚でもほしいくらいの好きな曲である。でもこの組み合わせには、確かにいい演奏なんだけど、何だか食指の動かない王道が多すぎて、私にはハードルが高かったのである。中学時代からツィマーマン/カラヤンのゴージャスな演奏も聞いたし、ルプー/プレヴィンのナイーヴ全開の演奏にもかなり心惹かれた。完璧なクリスタルトーンのボレットのピアノに魂を売りそうにもなった(なら素直に買えよ)。1990年初期の話である。

でもその結果、持っている1枚というのが高校時代に買った、マリアーン・ラプシャンスキーのピアノ、ビストリーク・レジュハ指揮スロヴァキアpo.の1枚。色気は全くないが、真摯で一途ないい演奏である。

2009年、EMIの掃き溜め的レーベルのCFPからかなり異色の1枚を見つけた。ついでに弁護しておくが、私にとって「メジャーレーベルの掃き溜め」は最高級の賛辞である。CFPもそうだが、Capitol, Seraphim, Eminence、どれも本家より大好物。 RCAだったらCamden, PhilipsだったらFontana、NaxosだったAmadisという具合である。

Pascal Devoyon
それはいいとして、CFPが誇って出すシューマン・グリーグはパスカル・ドゥヴォワイヨン(Pascal Devoyon:1953- )のピアノ、イェジー・マクシミウク(Jerzy Maksymiuk:1936- )指揮のロンドンpo.という布陣である。ドイツとノルウェーのコンチェルトをフランスのピアニストが奏で、ポーランドの指揮者に率いられたイギリスの名門オケがサポートする。レーベルイチオシの売れっ子アーティストなら国籍がどうとか考えないが、これは何でこの組み合わせ?とナショナリティを勘ぐってしまうなんとも微妙な組み合わせだ。面白そうだ。


シューマンの冒頭。切れ味のあるオケのトゥッティ一発にクリスタルカットの美しいピアノ。凄まじく美音の持ち主のようだ。組み合わせの面白さだけで手に入れたが、これは期待できる。

オケが流れながらもよく歌っていい。フレーズのふくらみに色気のあるヴィブラートを乗せてきたりして、なかなか聞かせてくれる。ピアノも美音を駆使しながら楚々とした表情で、薄ロマンティックな感じが心地よい。

と思ったらトゥッティの振りのクレッシェンドともに突然煌きだすピアノ。おっ、とびっくりしたらすぐさまオケも全開盛り上がる。何ともまあ瑞々しい音で。ドイツの音楽の作り方とは確実に違う盛り上がり方に思わずほくそ笑んでしまう。突発的な感じがまたシューマンらしい。でもこれはドビュッシー・ラヴェル的なフレージングとダイナミクスの作り方だろう。音のクリアさも含め、ドゥヴォワイヨンはやっぱりフランスのピアニストだなあと納得。なら基本濃い味でスラヴ的ロマンティックな身振りのマクシミウクとの相性はどうなんだろうかとも思ったが、流れがよくて意外に親和性がある。

そしてドゥヴォワイヨンの瞬発力とマクシミウクの突発力が完全にシンクロするので、キメどころがばっちりはまってくる。オケも生き生きとしており、この意外な化学反応を楽しんでいるようである。2楽章のチェロのメロディの歌い方が堂に入って美しい。ロンドンpo.ってこんなにゴージャスなオケだったっけ。

この路線なら、グリーグは期待できるぞ。


グリーグ冒頭。バッチリ決まったオケとともに張りのあるクリスタルトーンのピアノ。こっちの方が曲の相性はよさそうだ。基本路線はシューマンと変わらないが、輝きが一段上だ。

両者の突発的な攻め方もシューマンと一緒だが、もっと気合が入っている。リズムも生き生きしているし、ピアノの掴む和音が完全に鳴りきっていて爽快だ。なんてことのないオケの伴奏もいちいち色づいていて美しい。そしてトゥッティ。

うがー、猛烈な音圧。強烈な金管。シューマンにはあまり見せなかった新しいカラーを出してきた。まるで激流に流される快感。私の好きな、バリバリとしながらも澄み切った北欧の音である。

2楽章。完全にマクシミウクカラーで濃厚に歌う歌う。再現するロンドンpo.もやたら張り切っているのがいい。ドゥヴォワイヨンも負けずに煌く。ふと、これはグリーグかな?とも思ったが、そんなことどうでもいいくらいいい曲に仕上がっている。

そして3楽章がこんなに感動的だとは。ラスト数分はまるでラフマニノフ3番でも聞いているかのような壮大さに吃驚。しかしこんなに盛り上がってオケもピアノも音がにごらないのがまた憎いですなあ。



そんなこんなで図らずも大感動してしまった。猫をかぶった平凡な演奏か、隙だらけのB級(よく言えば個性的な)演奏か、どちらかだと思っていただけに、これだけ隙のない個性的な演奏が来るとは予想外だった。1991年録音なのに、これが20年間全然話題に上らなかったというのは正直、もったいなさすぎる。私だけでも大声張り上げてイチオシしておこう。

この組み合わせでショパンのコンチェルトとか残してくれたら、どんなにいい演奏になっただろうか。


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ちなみにどうでもいいことなんですが、今回取り上げたマクシミウクの写真(下で紹介します)を見て思ったのですが、ポーランドの指揮者って何かみんな似てませんか?少なくとも写真だけで判断するなら、「ちゅるちゅるヘアーを振り乱して暴れる」というイメージがあります。

ということで、検証してみましょう。

左から順にマクシミウク、カジミェシュ・コルド、グジェゴシュ・ノヴァーク、ヤツェク・カスプシク。
maksymiuk.jpg    kord.jpg    nowak.jpg    kaspszyk.jpg

ちょっと小さい画像だけでは分かりにくいかもしれませんが、何らかの同じカラーが感じられるのではないでしょうか。偉大なる先達ストコフスキへのオマージュなんですかね?





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悪魔に魅入られるコンクールジャンキー、のはずが。 ―ディアナ・カチョ(カクソ)のメフィストワルツ

Posted by ジュスマルダホス on 14.2010 極私的名盤   2 comments   0 trackback
先日、近所の中古CD店を物色していたら"Diana Kacso"というピアニストの輸入盤LPを見つけた。曲はリストのピアノソナタとショパンの幻想ポロネーズ、エチュードop.10-10である。ジャケットは若い女性の白黒写真。なんとなく若い時のピリスを髣髴とさせる風貌だった。初めて知る人だが、LPなので今ではそこそこのベテラン以上の人だろう。

レーベル名を見てみた。驚いたことに黄色い看板のあの会社である。へぇー、あの黄色い会社ってそんなもん出してたんやねえ、と感心すると同時に、そんなど真ん中の会社からリリースされているほどのピアニストなのに、何で今までこの人知らなかったのかと、自分の知識に少し恥じ入った。クラヲタとは、このくらいで恥じ入るいたって残念な生き物なのである。

それはいいとして、まあ、どこかのコンクールの優勝記念で1枚出したくらいなのかな、などと思っていた。というより、この人なんと読むのだろう。ディアナは分かるとして、csと連なる綴りからハンガリー系と考えると、「カチョ」あたりか。元の名前はoに斜めウムラウトのようなものがついて「カチェー」あたりかな。あるいはaの上にもウムラウトがついて「ケチェー」か。・・・そう考えながら、LP棚から去った。

ある日、youtubeをみていたら、画面右に出る「おすすめ動画コーナー?」の中に、この綴りを見つけた。サムネイル画像はピアノの前に座る白黒画像の若い女性。メフィスト・ワルツを弾いている。早速聞いてみた。

http://www.youtube.com/watch?v=Z_hXUIz0p4g



おほー、こりゃいい。この演奏がDGかどうかは分からないが、少なくとも彼女を捕まえたDGはさすがであると思わせる演奏。やるじゃないDG、やるじゃないカチョ姐さん。この曲を弾くくらいだから、テクニックはいうまでも無くすばらしく、ちょっと細身の音も瑞々しく跳ねる感じでいい。節度をわきまえたアルゲリッチ姐さんといった風情か(あの姐さんはわきまえないからいいんだけどね)。そして、自然でしっかりした構成力。落ちてほしいところに音楽が落ちるし、さあここから音楽が進むぞと身を乗り出したときに快適に進んでくれる。中間部のしっとりした情感もいい。

一番印象的だったのは、知と情との完璧なバランスの中に垣間見える、ちょっとした破れをつくるところ。これをどう説明したらいいか・・・もう一回聞いてみたらなんとなく分かってきた。なだらかな通過ポイントにちょっとしたアクセントをつけたり、上下降アルペジオの折り返しポイント(カーブ地点)をちょっとだけテンションとスピードを上げたり、低音にはつんのめって突進したり、なかなかスリリングに仕上げているのである。しかもリズムとして処理しているようなので無理がなく、余裕がある。あくまで「ちょっとした」破れであって、それが華となって非常に心地よいのである。遠心力を使ってひょいっと急カーブを曲がってスピンさせるといった感じであろうか。こういうところ、ちょっとアムランにも似ているような気もする。アルゲリッチ姐さんなら、よーしやってやるわよとアクセルを吹かして、砂煙をあげてズザーッと派手に見せるところですな。

一個だけ惜しいのが、クライマックスの部分。これ以上無理ーっと思ったのか、テンポががくんと落ちて変なルバートをかけてしまっている。そのテクニックならもうちょっと無理できそうにも思えるのだが・・・とちょっと残念だった。

とはいえ、これはいい演奏だ。しかし先ほど、やるじゃないDG!といったが一部撤回したい。せっかくいい人見つけたのになんでこの人を手放してしまったんだDG!でも、これは本人の意思で離れていったのかもしれないから、いいピアニストなのに何で復刻しないのかDG!という叫びも入れておきたい。

演奏に夢中になって、そういえば彼女について何にも語っていなかった。



ディアナ・カチョ Diana Kacso(この読み方でいいかどうか確信はありませんが・・・、日本語サイトのコンクール入賞者一覧では「ディアナ・カクソ」表記が多いようです。)

diana kacso

1953年リオ・デ・ジャネイロ生まれのブラジル人。それでリズムがいいわけね。どうやらコンクール荒らしのようで、1975年のショパンでは6位(1位がツィマーマン)、1977年のルービンシュタインでは2位(1位がオピッツ)、1978年のリーズでは3位(1位がダルベルト)、1978年のヴィニャ・デル・マールでは1位、1982年のジーナ・バッカウアーで2位と、あちこちで上位入賞を果たしている。入賞はしていないようだが、モントリオール、クライバーン、シドニー、チャイコフスキー、エリザベートにも出ていたというから、コンクール荒らしのなかでもかなりの兵である。しかし、現在ではとんと名前を聞かない。

メフィストの名演で思い出すのがセルゲイ・タラソフ。チャイコフスキー・コンクールで見せた、豪快かつしなやか、カチョが惜しくもテンポを落としたあの最難関部分を、傷を負いながらも凄いテンポでぶっ飛ばしたスリリングさが忘れられない。その前後に入れたというディスクは未聴だが、やはりすごいらしい。彼のメフィストに一目置いている人は結構多いようだ。そして彼もまたコンクールジャンキー。1989年、18歳のとき日本音楽コンクール2位で注目され、その後90年のチャイコフスキー4位に「甘んじて」から、96年のシドニーで1位になるも、2006年、つまり35歳でもイタリアのヴァルセージアコンクールを受けていたりする。20近くのコンクールを受け、上位入賞をしているにも関わらず、ピアニストというよりはまだコンクールから卒業できず、未だに現役のコンテスタントという感じである。

で、結論を急ぐと、その後コンサートピアニストとして表舞台に出てこないこの二人はコンクールというメフィストに魅入られたのでは・・・という、安易なオチを用意していた。

もっと結論を急ごう。
上の文章を書いていて、うーん、なんだかこの文章つまらないな、と思ってお蔵入りにしていたある日、スティーヴン・ハフのリストを手に入れたのだが、これがまたカチョと同路線のいい演奏だった。でも彼はコンクール・ジャンキーじゃないし、むしろコンクールとはあまり縁のないところで職人芸を磨いていたらいつしか神懸かったタイプである。いやあ、それにしても似ている。

そして、ハフの演奏もクライマックスが惜しい。彼のテクニックならインテンポでいけるはずなのに・・・って、全く同じ緩み方ではないか。これは・・・クサいぞ。

こうなると、聞き比べだ。全曲通してカチョ10.49、ハフ10:52(表示時間)。ほとんど変わりはない。

冒頭、ほぼ同じ速さで始まる。区別がつかない。

・・・

クライマックスの序奏がカチョは7:44から。ハフも7:44。緩み方も音色も何もかにも同じ。

・・・

コーダに入るのが、カチョ10:22、ハフ10:22。

・・・

ジョイス・ハットーさんっていましたよね。もうね、アレ級のクロ。言い逃れできないくらい同じ。一応CDになっている以上、どこの馬の骨か分からない匿名さんが挙げたyoutubeのカチョより、出所のはっきりしたハフのCDの方が信頼が置けると考えると、これはカチョさん完全に分が悪い。カチョさんが音源をアップしていないとしたら、アップした人ひどすぎるわ。どういう意図だろうか。カチョさんが自らアップしたとしても、ひどすぎるわ。どういう意図なんだか。

爽快な演奏だっただけに、これは後味悪すぎる。

カチョさんの芸風を探る旅は振り出しに戻った。今はカチョさんがジョイス・ハットーでないことを祈るばかりである。
  
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