Loading…

スポンサーサイト

Posted by ジュスマルダホス on --.-- スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

その3 ワルター・ヘンドル

Posted by ジュスマルダホス on 13.2006 極私的マエストロ   1 comments   0 trackback
ワルター・ヘンドル
Walter Hendl



 ハイフェッツの伴奏で今でも名を聞くマエストロ。意地悪な言い方をすればハイフェッツの伴奏でしか名を聞かないマエストロですね。ディスコグラフィはハイフェッツとのシベリウス(シカゴ響)、グラズノフ(RCAビクター響)、ロージャ(ダラス響)のほか、クライバーンとはプロコ3番(シカゴ響)、シェリングとはスペイン交響曲(シカゴ響)、フリードマンとはロンカプ(シカゴ響)を残しています。音盤的にはやはり見事に伴奏指揮者ですが、放送や録音専門のスタジオ指揮者なんでしょうか。それでも振っているオケはすごいという、このちぐはぐさが気になって、略歴を調べてみました。

*略歴*

1917年 ニューヨーク生まれ。
カーティス音楽院でライナーに師事、その後タングルウッドでクーセヴィツキーに師事
1941-2年にはバークシャー・ミュージックセンターでクーセヴィツキーの下、ピアニスト・指揮者として研鑽を積む。
1945年 ニューヨーク・フィルの副指揮者。
1949年 ダラス響の音楽監督となる(?58年)。
その間トスカニーニのいないシンフォニー・オブ・ジ・エア(旧NBC響)の指揮者の一人として1955年に同オケの東アジアツアーに同行。
1958年 シカゴ響の副指揮者(?64年)。
1964年 ハワード・ハンソンの跡を継いでロチェスターのイーストマン音楽院の指揮者(?72年)。
この頃ロチェスター・フィルのミュージック・アドヴァイザーも務める。
1976年 エリー・フィルの音楽監督へ。
1990年 マーシーハースト・カレッジ指揮科の教授。現代音楽にも造詣が深く、メニンの交響曲第3番をはじめ、マルティヌー、ヴィラ=ロボスなどの新作の初演を精力的に行なった。

ピアニストとしても実力を発揮し、ワルター/ニューヨーク・フィルとベートーヴェンのトリプル・コンチェルト(Vn.ジョン・コリリアーノ、Vc.レナード・ローズ)を録音している。

http://www.maurice-abravanel.com/hendl_walter.html http://en.wikipedia.org/wiki/Walter_Hendl

 なんと、1917年生まれです。ハイフェッツと同じ歳くらいだと勝手に思っていましたが、バーンスタインと同じ歳、意外に若い。しかも若くしてダラスの指揮者になっていますね。スタジオ指揮者ではありませんでした。ピアニストとしても本格的な腕前のようです。さらに、訃報が見つからないということはご存命ということでしょうか。

 そしてこの人、日本にはそれなりに縁が深い人で、日本で初めての外来オケを連れてきているのです。1955年のシンフォニー・オブ・ジ・エア(旧NBC響)です。その時のもようはあいざーまんさんの「海外オーケストラ来日公演記録抄」の「シンフォニー・オブ・ジ・エア来日(1955)」にあるのでそちらをご参照ください。

「シンフォニー・オブ・ジ・エア来日(1955)」
http://www003.upp.so-net.ne.jp/orch/page274.html

 以前ここを読んだときは気にも止めなかったヘンドルという名前でしたが、なんとこんなところにあったとは。読んでみると当時の評論家に今よりもヨーロッパ重視の風潮があったことも原因なんでしょうが、評判はいまいちのようです。

 そして現在の動向を探ってみると、2005年になんと88歳でかつて指揮者をしていたイーストマン音楽院のオケ、イーストマン・フィルハーモニアに客演指揮者として登場、ラフマニノフ2番を振っています。

http://www.rochester.edu/currents/V33/V33N07/story03.html http://www.esm.rochester.edu/news/?id=238

その時のお姿がこちら。

 

http://www.rochester.edu/pr/Review/V68N1/inrev06.html http://www.theoryofpaul.net/?action=view_comments&blog_refno=562

 コンスタントに振っているわけではなさそうなので、おそらく引退したのを引っ張り出されてきたのでしょうが、かなりスタミナを使う曲を振るとは脱帽ものです。ぜひとも聞いてみたいですね。

*付記*
同じにおいの人としてエンリケ・ホルダ(1911-1996)がいます。気が向いたら特集してみようかと思います。 1954年から63年までサンフランシスコ響の音楽監督を務め、その後マドリード響、ケープタウン響、アントワープ・フィルの音楽監督を歴任。ディスクに三角帽子(ロンドン響)、新世界(ロンドン新響)、セゴビアとのロドリーゴ(エアー)、ルービンシュタインとのファリャ(サンフランシスコ響)、カーゾンとのブラームス1番(ワシントン・ナショナル響)、ブライロフスキーとのラフマニノフ2番(サンフランシスコ響)など、少なくないディスコグラフィがあるようです。この人もやはり伴奏が多いですね。
追記(06.11.23.)

こんなところで見つけたのですが、
「マイナー指揮者の饗宴」 @2ch
http://music.2ch.net/classical/kako/1010/10102/1010228089.html
ヘンドルの録音はまだまだあるようで、
北ドイツ放送響とのブラームス4番(エヴェレスト)、ヴィーン響とセッションズ他(Desto)、同じくヴィーン響でグリフス、クレストン作品他(Desto)、オケは調べられていませんが、ショスタコーヴィチの1番、ピアノ協奏曲第1番(ウェストミンスター)、5番(RCA)、コープランド作品集(ウェストミンスター)があるらしいです。
いろいろなキーワードを入れて検索してみましたが、該当するものがなかなか出てきません・・・
スポンサーサイト

お亡くなりになったそうです。

http://www.chicagotribune.com/news/obituaries/chi-0704120804apr13,1,3097347.story?ctrack=2&cset=true
http://www.playbillarts.com/news/article/6307.html

ラストコンサートが上記のイーストマン・フィルハーモニアとのラフマニノフ2番(05年)ということで、あのときの写真が最後の活動の記録ということになりますね。

ハイフェッツといれたコルンゴルトとロージャしか聞いたことないですが、良くも悪くもアメリカのローカル指揮者という明るくゴツい勢いがありました。そういや同年のバーンスタインも当時はそんな感じでしたね。

これを機に伴奏モノだけじゃなく、ショスタコーヴィチやブラームスの交響曲など復刻されればよいのですが・・・

合掌。
2007.04.18 15:21 | URL | ジュスマルダホス #AG2oKwnI [edit]


  • password
  • 管理者にだけ表示を許可する

trackbackURL:http://orcheseek.blog66.fc2.com/tb.php/21-b2f6dfd4
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。